地域情報

諏訪神社と諏訪ノ森公園

立川の夏の風物詩と言えば毎年八月の最終週に行われる立川夏祭り。このお祭りはもともと柴崎町にある諏訪神社の例大祭に合わせて行われる諏訪神社のお祭りでした。「お諏訪さま」と慕われ、立川市の前身である柴崎村の当時より地域の人々に親しまれてきました。創建後1200年を超える諏訪神社はまた、立川のパワースポットとしても知られます。

諏訪神社の由緒

諏訪神社は弘仁2年(811)信州諏訪大社を勧請して現在の立川市柴崎町1丁目(現諏訪ノ森公園)に創建されました。柴崎村の鎮守の神様として立川の歴史を見守ってきたのです。御祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)。この神様は軍神として信仰されたほか、農耕神・狩猟神としても信仰されました。また風の神ともされ、元寇の際には諏訪の神が神風を起こしたとする伝承もあるそうです。明治41年11月27日八幡神社を合祀し、次いで明治43年2月12日、浅間神社を合祀したと言われています。本殿は市内最古の木造建築として市の有形文化財となっていたのですが、1994(平成6)年に火災に遭い、全焼してしまいました。その後平成14年(2002年)に新社殿が再建されたのです。かつての日本人にとっては神社とお寺は生活に欠かせないものでした。今と違って過酷な現実も多かった毎日、信仰心を持つことで、安寧を願い、来世に希望を託したのでしょう。もちろん豊作を祈るお祭りも欠かせませんでした。その意味で諏訪神社が創建された事は地域にとって大きな出来事だったのです。事実この諏訪神社が創建された頃、柴崎村が誕生したとされているのです。柴崎村はその後立川村と改称し、さらに後年立川市となりました。「柴崎村から続く立川の歴史」をご覧いただくと経緯をご確認いただけます。

諏訪神社境内

諏訪神社の狛犬

諏訪神社の表参道は境内の南側にあります。立川市中心地にある諏訪神社ともなるとその守護獣たる狛犬も立派ですね。その狛犬の脇を通り参道を進みます。表参道は直線ではなく途中で東側に少し曲がっていますが、視線の先には建物が見え、それが神門となります。神門に至るまでの間に参道西側に社務所、手水が並びその間の西奥に土俵があります。参道東側は鳥居からすぐの所に殉国慰霊碑があり、その奥は第一駐車場になっています。諏訪神社の入り口は四つ。「表参道」「東参道」「公園参道」「北裏参道」からお参りできます。

神門の内側は建物や木の囲いで囲われていて、北側正面に拝殿、幣殿、石の間そして本殿と続きます。拝殿は一般にお賽銭を賽銭箱に入れてお参りする建物、幣殿は参詣者が幣帛 (へいはく) をささげる社殿、本殿は神霊を安置してある社殿の事です。神社の境内だと拝殿が参道の正面にあって一番目立つため、ここが本殿と思うかもしれませんが、本殿は拝殿の後ろ側に控えています。神様がいらっしゃるのは実は目立たない奥にある社殿なのです。神門の内側のうち西側はほぼ何もない空間です。東側には神楽殿や境内社があります。再び神門の囲いの外に出ると境内の北西端に参集殿、その側面に北裏参道、その南に第二駐車場、北東端に立川錬成館、その側面に公園参道があります。

第一駐車場

境内南東部にある第一駐車場

諏訪神社手水舎

手水舎(ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ)。柄杓(ひしゃく)で水をすくい、まず左手を次に右手を清めます。その後左手に水を受け口をすすぎます。そして左手を再び清め、残った水で柄杓の柄を洗い清めてから元に戻します。手水舎の水は御神水であり、神聖な場所に入る前に穢れを洗い清めます。これは禊(みそぎ)を簡略したものです。

神門写真

神門。門の正面には右大臣と左大臣の像が収められています。さすが武勇の神様を祀る神社。弓を持つ姿も様になってます。

諏訪神社の拝殿

諏訪神社拝殿。ここでお参りをします。拝殿は神官が祭典を執行したり,参拝者が拝礼したりするための建物です。設置されたお賽銭箱にお賽銭を入れて「二拝二拍手一拝」をしてお参りします。このように拝殿に入らずお賽銭箱の前で行うのを自由参拝と呼びます。これに対して拝殿に上がり神職の方にお祓いを受けながらする参拝の事を正式参拝あるいは昇殿参拝と呼びます。正式参拝するためには身なりを整え社務所にて申し込みを行います。お賽銭ではなく玉串料を納めます。

神楽殿

神楽殿。神を祭る神楽を奏する建物です。

境内社写真

境内社。左から疱瘡神社、日吉神社、金刀比羅神社、浅間神社です。

  • 疱瘡神社・・・天然痘の神である疱瘡神(ホウソウガミ)を祭神とし、疫病除けの神様です。
  • 日吉神社(ひえじんじゃ、ひよしじんじゃ)・・・滋賀県大津市坂本にある山王総本宮日吉大社を勧請して日本各地に建立された神社です。山王信仰基づいており、最澄が比叡山に天台宗を開いた折、唐の天台山の守護神「山王元弼真君(さんのうげんひつしんくん)」にちなみ、既に比叡山の守護神としてご鎮座されていた日吉大神を「山王権現」と称する、神仏習合の信仰です。方除け・厄除け・縁結び・家内安全・夫婦和合・商売繁盛等
  • 金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)・・・金刀比羅神社、琴平神社、事比羅神社はそれぞれ「ことひらじんじゃ」と呼び、金比羅神社も含めて、香川県仲多度郡琴平町の象頭山中腹に鎮座する金刀比羅宮を総本宮とする神社です。主祭神は大物主神(おおものぬし)。大物主神は、古来から「海の神様」として漁業、航海など海上の安全を守ってくれる神として信仰されてきました。
  • 浅間神社・・・富士信仰に基づいて富士山を神格化した浅間大神(浅間神)、または浅間神を記紀神話に現れる木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)と見てこれを祀る神社の事です。古くは「浅間」を「せんげん」ではなく、火山を意味する「あさま」と読んだことに由来があるようです。家庭円満・安産・子安・水徳の神とされ、火難消除・安産・航海・漁業・農業・機織等の守護神。
諏訪神社目の神様

目の神様も祀られてます。

土俵

諏訪神社境内にある土俵。諏訪神社の御祭神である建御雷神(たけみかづちのかみ)は経津主神(ふつぬしのかみ)と共に、日本三大軍神のひとりであり、建御雷神との力比べが相撲の起源と言われているのです。立川夏祭りで奉納相撲が行われます。錬成館で稽古を続けている幼稚園から大学生たちが出場します。この土俵では奉納の獅子舞も演じられそうです。

諏訪の森公園

諏訪の森公園内写真
諏訪神社から道路一つ隔てた北側に広がる公園です。もともとここは、神社を取り囲んでいた鎮守の森の一部でした。当初諏訪神社が創建されたのはこの諏訪の森公園内だったそうです。
戦後に整備され、今のような近代的な市民公園に姿を変えました。約1,200年の歴史をもつ神社には、かつてはうっそうと木々が生い茂り、昼でも暗がりになるほどだったといいます。園内には丈の高い樹木が林立し、そうした当時の面影を見ることができます。ここには、緑をもとめて野鳥が数多く集まってきます。
付近一帯は立川の歴史を知るうえで貴重な地域にもなっています。
公園はちょうどその中心に位置し、開園以来人々に憩いをもたらす場として、暮らしのなかにとけ込んできました。

公園内には小山があり、階段で上り滑り台で滑り降りる事ができます。遊具はこれ以外だとターザンロープなどもありますが、少なめです。全体としてはもともとあった森の緑を生かした造りとなっています。

諏訪の森公園丘に登る階段

小高い丘に登る階段

諏訪の森公園木立の間に伸びる道

かつて鎮守の森であったことを偲ばせる木立。木立の間に伸びる歩道を歩いて園内を歩くと、ここが立川駅のすぐ側だなんて思えなくなってきます。柴崎村に住む人々の心の拠り所となった諏訪神社そして鎮守の森を偲ぶことができますね。

蔦宮跡の碑

蔦宮跡の碑が立ってました。かつてここに宮があったのでしょう。

アクセス

柴崎町は立川駅南口南西部を占める立川市の中心地です。JR中央線立川駅南口より諏訪の森公園までは徒歩11分(約726m)、諏訪神社(公園裏入口)までは徒歩13分(約837m)の道のりです。表参道はもう少し南にあり、徒歩16分(約1037m)となります。南口ロータリーから線路沿いにしばらく西に進み、少し先で南西にカーブするのでそのまま道なりに少し歩くと柴崎町2丁目の交差点にぶつかります。そこで西に折れ、一つ目の路地を南に進むと諏訪の森が見えてきます。公園に沿ってさらに南に進めば諏訪神社です。

諏訪の森公園アクセスマップ

諏訪神社概要

  • 住所:立川市柴崎町1-5-15 (googleマップで場所を確認
  • 参道:表参道(南側)、東参道(東側)、公園参道(北東側)、北裏参道(北西側)

諏訪の森公園概要

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